である。
女は思つた。「きつと今額を土に付けて礼をしてゐるのだらう。だけれどもそれがなんになるものか。丁度わたしがこつちであの人の事を思つてゐるやうに、あの人はあつちでわたしの事を思つてゐるのだもの。わたしがあの人の姿を思つてゐるやうに、あの人はわたしの此脚の事を思つてゐるのだもの。」とう/\女は濡れた靴足袋を脱いでしまつた。それから素足で寝台の上を歩いて見て、しまひにはその上に胡座《あぐら》を掻いた。それから暫く両手で膝頭を抱いて、前の方を見詰めて、物を案じてゐた。「ほんにこゝは、沙漠の中も同じ事だ。こゝで何をしたつて、誰にも分りやあしない。」
女は身を起した。そして靴足袋を手に持つて、炉の側へ往つて煙突の上に置いた。それから素足で床を軽く蹈んで、寝台へ戻つて来て、又その上で胡座を掻いた。
板為切の向側ではまるで物音がしなくなつた。女は頸に掛けてゐた、小さい時計を見た。もう二時になつてゐる。「三時頃には連の人達が此庵の前に来る筈だ」と女は思つた。もうそれまでには一時間しかないのである。「えゝ。詰らない。こゝにかうして一人で坐つてゐて溜まるものか。馬鹿。わたしともあるものがそんな
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