なかつたのです。もう少しあんなにしてゐると、わたくしきつと病気になつてしまひました。どういたして宜しいか分らなかつたのですもの。わたくしぐつしより濡れてゐますの。それに足が両方とも氷のやうに冷たくて。」
「どうぞ御免下さい。どうもわたくしはどうにもしてお上げ申す事が出来ません。」又小声でかう答へた。
「いゝえ。決してあなたにお手数は掛ません。只明るくなるまで、こゝにゐさせて戴きます。」
もうセルギウスは返事をしない。女の耳には何かつぶやく声が聞えた。多分祈祷してゐるのだらう。
女は微笑みながらかう云つた。「あなたこゝへ出て入らつしやるやうな事はございますまいね。わたくしこゝで着物を脱いで体を拭かなくてはなりませんが。」
セルギウスは答へなかつた。矢張今までのやうに小さい声で祈祷の詞を唱へてゐる。
女は濡れた靴を強ひて脱ぎ掛けて、「あゝした男なのだな」と考へた。靴は引つ張つても引つ張つても脱がれぬので、女は可笑しくなつて来た。そして殆ど声を出さずに笑つた。それから自分が笑つたら、庵主がそれを聞くだらうと思つた。又それが聞えた時自分の希望する通りの功能があるだらうと思つた。そこで今
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