はこれからあちらへ這入ります。どうぞこゝでお楽になさりませ。」かう云つてセルギウスは壁に懸けてあるランプを卸して、一本の蝋燭に火を移した。そして女の前で叮嚀に礼をして、奥の小部屋に引つ込んだ。小部屋は板囲の中になつてゐる。
女はセルギウスが何やらあちこち動かし始めたのを聞いてゐる。「わたしとの間の交通遮断をするのだな」と思つて、女は微笑んだ。さて白の毛皮を脱いで、髪の毛の引つ掛かつてゐる帽子を脱いだ。それから帽子の下に巻いてゐた刺繍《ぬひとり》のある巾《きれ》を除《の》けた。女は窓の外へ来た時、実はそんなに濡れてはゐなかつた。さも濡れたらしい様子をして、草庵に入れて貰はうとしたのである。それから戸口へ廻る時、実際|行潦《ぬかるみ》へ左の足を腓腸《ふくらはぎ》まで蹈み込んだ。靴に一ぱい水が這入つた。女は今|氈《かも》一枚で覆つてあるベンチのやうな寝台《ねだい》に腰を掛けて、靴を脱ぎ始めた。そして此庵室を見廻して、却々好い所だと思つた。間口が三尺、奥行が四尺位しかない、小さい一間で、まるで人形の部屋のやうに清潔にしてある。自分の腰を掛けてゐる寝台の外には、壁に取り付けた書棚と祈祷の時|跪
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