魔に来まして済みませんね。でも御覧のやうな目に逢ひましたのですから、為方《しかた》がございません。実は町から橇に乗つて遊山に出ましたの。そのうちわたくし皆と賭をして、ヲロビエフスカから町まで歩いて帰ることになりましたの。ところが道に迷つてしまひましてね。わたくし若しあなたの御庵室の前に出て来なかつたら、それこそどうなりましたか。」女はこんな※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》を衝いてゐる。饒舌《しやべ》りながらセルギウスの顔を見てゐるうちに、間が悪くなつて黙つてしまつた。女はセルギウスと云ふ僧を心にゑがいてゐたが、実物は大分違つてゐる。予期した程の美男ではない。併し矢張立派な男には相違ない。頒白《はんぱく》の髪の毛と頬髯とが綺麗に波を打つてゐる。鼻は正しい恰好をして、美しい曲線をゑがいてゐる。目は、真つ直に前を見てゐる時、おこつた炭火のやうに赫いてゐる。兎に角全体が強烈な印象を与へるのである。
セルギウスは女が※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]を衝くのを看破してゐる。「は、さうですか」と女を一目見て、それから視線を床の上に落して云つた。「わたくし
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