は全身の血が悉《こと/″\》く心の臓に流れ戻つて、そこに淀んだやうな気がした。息が詰つた。やう/\の事で、「而して主は復活し給ふべし、敵を折伏し給ふべし」と唱へた。地獄から現れた悪霊を払ひ除けようと思つたのである。
「わたくしは悪魔なんぞではございません。只あたりまへの罪の深い女でございます。あたりまへの意味で申しても、又形容して申しても、道に踏み迷つた女でございます。」初め言ひ出した時から、なんだかその詞を出す唇は笑つてゐるらしかつたが、とう/\こゝまで言つて噴き出した。それからかう云つた。
「わたくしは寒くて凍えさうになつてゐますのですよ。どうぞあなたの所にお入れなすつて下さいまし。」
セルギウスは顔を窓硝子《まどガラス》に当てた。併し室内の燈火《ともしび》の光が強く反射してゐて、外は少しも見えなかつた。そこで両手で目を囲つて覗いて見た。外は霧と闇と森とである。少し右の方を見ると、成程女が立つてゐる。女は毛の長い、白い毛皮を着て、頭には鳥打帽子のやうな帽子を被つてゐる。その下から見えてゐる顔は非常に可哀らしい、人の好さゝうな、物に驚いてゐるやうな顔である。それがずつと窓の近くへ寄
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