つて首を屈《かが》めて乗り出して来た。二人は目を見合せた。そして互に認識した。これは昔見た事のある人だと云ふのではない。二人はこれまで一度も逢つた事がないのである。併し目を見交《みかは》した所で、互に相手の心が知れたのである。殊にセルギウスの方で女の心が知れた。只一目見たばかりで、悪魔ではないかと云ふ疑は晴れた。只の、人の好い、可哀らしい、臆病な女だと云ふことが知れた。
「あなたはどなたですか。なんの御用ですか。」セルギウスが問うた。
女は我儘らしい口吻《こうふん》で答へた。「兎に角戸を開けて下さいましな。わたくしは凍えてゐるのでございますよ。道に迷つたのだと云ふことは、さつき云つたぢやありませんか。」
「でもわたしは僧侶です。こゝに世を遁れて住んでゐるのです。」
「だつて好いぢやありませんか。開けて下さいましよ。それともわたくしがあなたの庵《いほり》の窓の外で、あなたが御祈祷をして入らつしやる最中に、凍え死んでも宜しいのですか。」
「併しこゝへ這入つてどうしようと。」
「わたくしあなたに食ひ付きはいたしません。どうぞお開けなすつて。凍え死ぬかも知れませんよ。」段々物を言つてゐるうち
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