にさう思はれるのだ。」かう云つて、セルギウスは居間の隅へ歩いて往つた。そこには祈祷をする台が据ゑてある。セルギウスはいつも為馴《しな》れてゐる儀式通りに膝を衝いた。体を此格好にしたゞけでも、もう慰藉《なぐさめ》になり歓喜を生ずるのである。セルギウスは俯伏《うつふし》になつた。髪の毛が顔に掛かつた。もう大分髪の毛のまばらになつた額際《ひたひぎは》を、湿つて冷たい床に押し当てた。そして同宿であつた老僧ビイメンの教へてくれた、悪魔除の頌《じゆ》を読み始めた。それから筋張つた脛で、痩て軽くなつた体を支へて起き上つて、跡を読み続けようとした。併しまだ跡を読まぬうちに、覚えず何か物音がしはせぬかと耳を聳《そばだ》てた。
四隣|闃《げき》として物音がない。草庵の隅に据ゑてある小さい桶の中へ、いつものやうに点滴が落ちてゐる。外は霧が籠めて真つ闇になつてゐて雪も見えない。墓穴の中のやうな静けさである。
その時忽ち何物かゞさら/\と窓に触れて、はつきりした女の声が聞えた。目で見ないでも、美人だと云ふことが分るやうな声である。
「どうぞクリスト様に懸けてお願申します。戸をお開けなすつて。」
セルギウス
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