葭の影にそえて
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

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(例)[#地付き]〔一九三五年七月〕
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 昨年の六月母が逝いて後、私たちの念願は生前母が書きのこしていた様々の思い出や日記類を、一年祭までにとりまとめ一冊の本として記念したいと云う事であった。
 生前母は文筆を好んだ。若い頃にはよく読書をもした。特に昭和三年、三男英男を失ってから、母は以前にもまして自身の情熱を文章として表現したいという熱望を抱くようになったとともに、既にその頃は糖尿病が重り、視力衰弱して読書執筆については全く不如意な健康状態におかれていたのであった。それにもかかわらず、昭和四年五月から十一月まで凡そ七ヵ月に亙る一家の欧州旅行にあたって、終始その旅日記を書きとおしたのは、ほかならぬ目の不自由な母であった。多人数の落つかぬ外国旅行の刻々に印象された見聞、感想をこと細々とよくこのように書いたものと、今日読みかえして母の体の内にかくされていた根気と熱心とに打たれるのである。
 書かれた感想の中に母の性格が全幅的に反映している事はもとよりであるが
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