十字架がかかってまぼしい様にチラチラと光る。
厚い髪を左右にピッタリとかきつけて心持下を向く法王の後からも、先に進む人と同じ様子に続いて沢山の宮人がついて行く。
おだやかに静かな行列は広場の中央をよぎって順々に見えなくなる。
息をつめた様な様子をして三人の女は消えて行く行列をながめる。
すっかり見えなくなった時三人同時に顔を見合わせる。
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 「いらしったんでございますよ。
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第二の女が云う。
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第一の女 ほんとうにねえ――とうとう。
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低く云って指環の多い方の手で十字を切る。老近侍は法王の去った方をじっーと見つめる。
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[#地から1字上げ]静かに幕

    第一幕

     第二場

    場所
  王の場内の一部

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景 太い柱が堅固ラシクスクスクと立ちならんで、上手中央下手に左右に開く扉がある。
四方にはドッシリした錦の織物を下げて床には深青の敷物をしきつめる。
大きな卓子をはさんで二つ椅子。
大理石で少し赤味を帯び大形で彫刻の立派な方は玉座であるべき事をも一つの方をすべて粗末にして思わせる。
卓子の上には切りたての鵞ペンと銀の透し彫りの墨壺がのって居る。
部屋全体に紫っぽい光線が差し込んで前幕と同じ日の夕方近くの様子。
幕が上る。しばらくの間舞台は空虚。
細くラッパの音が響く。
中央の大きな扉が音もなく左右に開き真赤のビロードの着物に同色の靴、髪を肩までのばした十七八の小姓が二人左右から扉を押える様にして、片手ヲ胸にしてひざまずく。
二人|青《あお》い着物に同色の靴の香炉持。
後からヘンリー四世。
緋の外套に宝石の沢山ついた首飾りをつける。
栗色の厚い髪を金冠が押えて耳の下で髪のはじがまがって居る。後から多くの供人。
王が大きい方の椅子に坐すと供人が後に立ち、香炉持ハ左右に。
紫っぽい細い煙りは絶えず立ちのぼって王の頭の上に舞う。
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王  法王はわしに会いに参ったそうじゃのう。
小姓 御意の通りでございます、陛下。
王  呼んでおくりゃれ。
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小姓下手から去る。
同じ口から法王が出て来る。
前の幕と同じ服装、手に聖書を持つ。
王の前に座ると後を沢山の供人が守る。
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法  お達者で――
王  大変良い時候になり申してのう。
法  まことにおだやかな日和はつづき家畜共さえ持てあますほどリンゴも熟れまいてのう。
 これも皆神の御恵でござるわ。
王  美くしゅうは熟れても、心《しん》のやくたいものうくされはてたのが多いのじゃ。
法  したが世の中はその方が良い事が多うござってのう、一概には得申されぬもので……
王  おお、わしが気がつかなんだが御事の御出でやった事には幾重に礼事を申さねばならぬ事らしいのう。
法  否《いや》、わしは母御の頭から生れたものと見え申して礼事を申さるる事と賞めらるる事は虫ずが走るほど厭でござるでの。
 あまり調子にのって礼事を云われればやがてはいま一度心にもなくて礼申した人のためにせいではならぬ事が必ず生れるものでのう。
王  一寸も礼も申されいで笑うて居る人は十人に一人とはござらぬわ。
法  一度つい、ひょんな事から溝に落ちてからはどぶの上澄を見る事が噸ときらいになりまいた。
王  さてさてすきこのみの多い人じゃ。
 わしは御事とはあべこべに大好じゃ。
 細そい木片ですきまなくせせって、せっかく澄んだのを濁すのが面白うてのう。
 とは申せ上手に濁す濁さぬはかき廻し手の器用不器用によるのじゃが……
法  どぶのわるさも自らの落ちぬ限りでのう、泥深くてやたらともぐり込むそうでござるから……
王  勿論の事じゃ。
 わしはのう、夜毎にいろいろと老人達やら又は小鳥の様な者共からいろいろの話をきいたのじゃ。
 罪のない面白い話はわしの口のはたでおどり狂うて居るのでのう。
 久し振りに参った事故わしは御事に知って居る丈の話をきかすのをお事が見えたと申す事をきいた時から楽しみに致して居ったのじゃ。
法  欠伸の出ぬまでは……
王  まー、お聞きやれ。
 ある所にその名はわからなんだがうす赤い胸毛とみどりの翼と紫の様なまなこを持った小鳥が居ったと申す事じゃ。
 なりは鳥共の中でいっち小そうてはあったが色と声の美くしさはお造りなされた神さえ御驚きなされたと申すほどでの、神からも人間からも恵みは大したものであった。
 毎日毎日太陽と共に歌い出て月に挨拶致いてからねぐらにもどったと申す事じゃ。
 ところが或る日柄にない力にまかいてこれぞと云う目あてものうて朝早くから飛び出《いだ》いた。神の御社を下に見ながら大きな御館の上を越して飛んでまいるうちに天気が急にかわっていかい大風になって参ったので小鳥はそのかくれ家《が》を求めて居るとすぐそばに己れの飛んで居るより高い所にその梢のある大木が見つかったのでそこの葉かげに美くしい身をかくいた。
 小鳥は木のかげでこの強い風にゆらりともせいで居る大木をいっち偉いものじゃと思うたので風がおさまってから己の棲家に羽根を休むるとすぐ、
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お恵み深うていらせらるる天の神様
私の美くしい姿と声を御返しいたしますほどに今日私の宿を致いてたもったあの木と同じにさせて下され
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 と祈ったところが、地面の穴からそれをききつけた悪魔奴は人の悪い笑い様を致いてから、
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叶えてつかわす
木はそなたの様に美くしい羽根はいらぬのじゃから皆ぬいて仕舞え
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 と神の真似をいたいたのじゃ。
 正直な小鳥は涙をこぼいて痛さを堪えて赤はだかになってしまうと又次の日悪魔奴は、
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木に嘴はいらぬ
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 と申して見えぬ所から石をなげて嘴を折ってしもうた。
 毎日毎日一つずつ大切なものを奪われて七日たった夕方は美くしかった小鳥は赤裸で一本の足で枯枝に止まって居った。
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神様、もう木になれまするか。
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 死にそうな哀な小鳥はきくと、悪魔は大声あげて笑いながら、
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いずれそのうちにはなるじゃろう
木の芽生えの肥料《こやし》に――
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 と申いた時小鳥は枝からころげ落ちて地面にポッカリあいて居った悪魔の穴の中にころげ込んでしまったと申す事じゃ。
 長う話した事じゃ、欠伸は出なんだかな。
法  面白うお聞申いたから出ませぬじゃ。順礼に参った老人にきいた話でござるがかなり面白い事じゃ程に御きかせ致さいでは叶わぬのじゃ。
 何でも南の国での事じゃったと申して居りまいたがの、
 天井には黄金をはりつめて床には香り高い木を張った家に住む事の出来るほど富んだ人が居りまいたそうでの。
 その国の景の良い処と云う処へは必ずその住居をつとめてでも建て居りまいたそうでの、
 国々の宝をつめた倉は数えきれぬほど立って、月が満ちれば銀色に輝き月が消えれば黒くなると云う石も、人々の神から授けられた運勢を見る鏡もその中にあったと申す事じゃ。
 したが分にかって富む人の情ない持前で貧しいものにようめぐみもせいで只宝の数の増して行くのばかりをたのしんで居りまいた。
 或日一人の美くしい乙女が一つの小石を持って参って春は紫に夏はみどりに秋は黄金色に冬が参れば銀色に輝くと申しのこいてその石を置いて去《い》んでしもうた。
 その時は春での、小石はつゆのしたたりそうな葡萄と同じ色になって居りまいた。
 その人は夏の来るのをいとう待遠がって夜は早く床に入り明けてからも中々床をでいで居ったそうでの。
 その日はもう夏の来るのに間のない時であったそうで気ままなその人は夏の来るのがあまりおそいと申してのう、腹立ちまぎれに薬師に申しつけて三日三小夜眠りつづける薬をつくらせてそれをのむなりまるで息をせいで深く眠りこんでしまいましたのじゃ。
 三日三小夜は夢中にすごいて南のはてに居るけものの様な伸を致いてフト傍の玉を見ると気のつかなんだ間にまっさおに神がお造りなされてから万年も立った池の水の色の様になって居ったので、その人はもう気の狂うほど嬉しがってそれから後と申すものは鉄の箱を造った中に銀の箱を造った中に金の小箱を作ってその中に小石をかくいて一番大切な倉の一番深くに入れて置いたそうでの。そのうちにも年は立ち行いてその事がござってから十年も立った時に、その人は夜な夜な怪しい夢にうなされる様になったと申す事じゃ。
 何しろ金をくさるほど持った人じゃほどに罪滅しじゃと申して寺を建て僧侶を迎え致いたが一向に甲斐も見えいでうなされ始めてから三月立って死んで仕舞うたと申す事での。
 学問のある人も徳の高い僧侶もそれが乙女の持ってまいった四季毎に色の変る石を倉の奥等へしまい込んで置いたのが、祟ってじゃと気づくものがなかったのでその人は死なねばならぬ様になったのじゃと申す事での。
王  面白い話じゃ。
 したがのう、わしは三日前に使者の身なりと料紙だけはまことに見事な手紙をうけとったのじゃ。
法  中実《なかみ》は?
王  まことにはや年寄った女子《おなご》の背むしなのより見にくいものでの。
 小姓に申しつけて直ぐ裂いてしまって燃してしもうたほどじゃ。
 その見にくい手紙を書き記《しる》いたものも人|並《なみ》に眼が二つで耳まで口がさけて居らなんだが不思議じゃ。
法  その願うた事を貴方はお許しなされるか、
 それとも打首かさらしものかにでもなされるかの、その憎い奴めを……
王  悪いと申すさえまだ言葉が上品なほどじゃ、
 ならぬと申すさえまだにぶいのじゃ。
法  いかい事、気におとめなされてじゃ。
 幾日ほどお考えなされたの、
 にくい奴をどう処分しようとな。
王  一《い》っ時じゃ、ただの――
 一つ事を一日以上考えて居るのは大脳を神からよう授からなんだものの致す事での。
 世間でわしは賢明じゃと申す通りの頭を持って居るのじゃ。
法  さてさて、
 鏡のかげんであばたもえくぼ
 己惚《うぬぼれ》の生んだ児の頭は小うござってのう。
王  御事は母御がうみそこのうて口から先に娑婆の悪い風にふれたと見ゆるわ。
法  そのためで経典を誦する事がいこう巧者になりまいてのう――まんざらそんばかりもまいらなんだがまだしもの事――
 ま! とどのつまり船は畑ではよう漕げぬと申す事さえ世の中の人すべてが存ずればよいのでの。
王  じゃと申して水と陸《くが》に生きる事のよう出来るものは神のお造り召された生きものの中にあるのじゃ。
法  二股かけたもの共の大方は、蛙の叔母だとやら「あひる」のやれ「いとこ」だとやら申すのが可笑しい事でのう。
王  よんべ、酒と感違い致いて油をお飲みやったと見ゆるわ。
法  おお、それはさて置き貴方は二時間ほか御やすみなさらなんだと見ゆる――
 子兎の様なお目をなされてじゃ。
王  腹の立つ夢を夜も昼も見つづけて居るからじゃ。
法  お祈の甲斐ないせいでござるわのう。代って祈って進ぜようか。
王  わしの形をいたいた蝋人形を作られたり、よう気のつかなんだ間に髪を一つまみぬかれたりいたすよりはまだましじゃ。
法  思いもかけず、しとやかな御心をお持ちなされてじゃ。
王  おお! 片意志[#「志」に「(ママ)」の注記]で見にくい怒り奴がそ
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