授かって居るでの。
老人 いかな力がござってもわたくしは臆病のさせる事かもしれませぬが、けんかはきらいでござりますじゃ。
口だけですむけんかはまあござりませぬ。下賤なもののけんかはけんかする同志がつかみ合う、蹴る、なぐる、やがてどちらか一方が鼻血でも出せば事がすみますがのう。
広い領地を持ってござる方々のけんかはそう手軽には参らぬでの。
つかみ合いがしたくなれば兵士を互に出してつかみ合わせ短気なものがあやにく斯うした時にはふえるものですぐに剣の柄に手をかければこなたもだまって居られず、恐ろしい様子をいたいてまるで互にけんかの当人ででもある様に突いたり斬ったり心のままに互に荒れて、同じく神のお作りなされた同胞の血まみれになってうめくのを笑いながら見て居りまする浅間しい様子を思うのはまことにいやな事での。
修道院に若くて美くしい尼御前の大勢になるのもこの時でお寺の墓掘りの懐の肥えるのもその時でござりますじゃ。
尊い御仁のけんかほど、大きい地面がゆるぎますでの。
天にござる神々のけんかなされた時には――ずうっと幼ない時にききましたが、世が滅びてしまったとな――申す事でござりますのじゃ。
王 したが世の中はもとよりは事がそれぞれふえて参ったのじゃ。
理のあるけんかは誰もとがめるものがないのじゃ。
老人 何の何の左様な事はこのわたくしが合点出来ぬ事でござりましての、もとから申しつたえてござる通り
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けんかは両制配
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お互同志愚かだかりゃこそ、けんかが出来るものでござりまする。
誰もとがめぬのは、けんかする人達より賢こいもののござらぬ証拠でのう、
貴方様、
うじ虫と、輝いてござる太陽のけんかしたのを聞いた事はただの一度もござりませんでの。
王 そちが申す通りなら、わしも法王も愚者《おろかもの》なのじゃ。
老人 わたくしはのう貴方様、
この上なく貴方様で可愛いいのでござりまするでの。
じゃと申して、まだお若かくていらせらるるので下らぬけんかをおこのみなされてのう、
お叱り申すねうちもない様な又わたくしももうお小言を申す等の事にはあきましてのう。
何々よろしゅうござりまするじゃ、貴方様はお利口なお方様でござりまするもの、わたくしはよろこんでおりますのじゃ。それからのう貴方様、まだ和子とお呼び申して居った頃の事での、
お城内の腕白共がフト迷い込んで出る道を忘れたあほう鳩を捕えて足に石《いし》を結《ゆ》いつけては追ってよう飛ばぬ不様な形を見て笑って居るのをお見なされてその者達の所にお出なされて、
もう王におなりなされた様な厳かなお声での、
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これ、お前達は何を致して居るのじゃ。この鳩は神にさずかった命を我々と同じ様に持って居るのじゃ、必[#「必」に「(ママ)」の注記]して苦しめてはならぬ。
お前達がその様に致されたら、どうじゃ。
早く石をのけて城の外までつれて参ってはなしてやるのじゃ。
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と仰せられての。
青い顔を致して居る子供をつれて鳩をおはなしなされた時にはもうわたくしは嬉しくて嬉しくて。
「清い御心をお持じゃ、あのお柔しいお眼はどうじゃ。その上に又子供達をお叱りなされたお声のどうしてあんなに厳な威をお持ちなされてござったろう」とその晩はまんじりともようせいで笑いほうけて居りましたじゃ。
貴方様がまだ辛[#「辛」に「(ママ)」の注記]やっと七つ八つの頃でござりましたもののう、お可愛ゆいまっ最中でのう。
王 わしはもう悲しい事に一つも覚えて居らぬのだ、それにその後間もなくわしは沢山学問を致さねばならなかったのでよけいに忘らされてしまったのじゃ。
あまり早くから学者のむずかしい八の字だらけの顔を見たものの特典でのう。
老人 ああ、ああ、ぶしつけでござりますがわたくしはもう眠とうなりましたでの、居眠りながら貴方様とお話致すがまことにうれしいのでござる。
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大変年を取った老人は苦のない安らかな顔をして王の手を持ったまま長椅子の少し前よりもはじによった方に行く。
王の顔にはたえがたい苦痛の色が現れて居るがこの老人の話に幾分まぎらされて居るらしい様子。
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王 いくら暖いと申しても冬じゃ、意志[#「志」に「(ママ)」の注記]の悪い風邪《かぜ》にとりつかれるといけぬわ。
老人 貴方様ばかりでのう、そう云うて下さるのも。
――――
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涙もろく老人はうるんだ声で云う。
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