翔び去る印象
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)仙人掌《サボテン》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)高さ十五|呎《フィート》もある
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二四年十一月〕
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十月の澄んだ秋の日に、北部太平洋が濃い藍色に燦いた。波の音は聴えない。つめたそうに冴え冴え遠い海面迄輝いている。船舶の太い細い煙筒が玩具のように鮮かにくっきり水平線に立っていた。
空には雲もなく、四辺は森としている。何の物音もしない。
樹林の間はしめっぽくひいやりした。日向に出ると穏やかに暖かで、白い砂利路の左に色づいたメイプルの葉が、ぱっとした褪紅色に燃えていた。空気は極軽く清らかで威厳に満ちているので、品のよい華やかな色が、眩惑と哀愁を与えた。
黒い帽子の婦人が、黒い犬をつれ、通りすぎた。――
何の音もしない。
海の色が益々冴え、太陽は高く小さく透明な十月を呼吸している。
[#地から5字上げ]――ヴィクトリアの秋――
これは、半熱帯の永劫冬にならない晩秋だ。夕暮、サラサラし
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