、明治とともに心から微笑まれるものがある。
 祖父は自分としては学者として一貫して生きようとしたようだが、官吏としていろんな役がついたことは家庭の空気をいつしか変え、祖母にしろ昔辞書を手写した時代のままの気分ではなかったらしい。千賀というひとの性質は祖父と反対の現実家で、美しい、烈しいところのある顔にもそれはつよくあらわれていた。或る秋の午後、ひっそりとした向島の家の縁側の柱に縮緬の衣類の裾をひいた祖母がふところでをしてもたれかかっている。その片方の素足を、源三という執事が袴羽織で庭石にうずくまって拭いてやっている。島田に紫と白のむら濃の房のついた飾をつけ、黄八丈の着物をつけた娘が、ぼんやりした若々しさを瞳の底に湛えて、その様子を見ている。そんな情景は紫檀の本箱のつまった二階の天地とは異った人間くささで活々としている。祖父は井上円了の心霊学に反対して立会演説などをやったらしいが、祖父の留守の夜の茶の間では、祖母が三味線をひいて「こっくりさん」を踊らしたりした。夫婦生活としてみれば、血の気が多く生れついた美人の祖母にとって、学者で病弱で、しかも努力家であった良人の日常は、欝積するものもあ
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