労働者農民の国家とブルジョア地主の国家
――ソヴェト同盟の国家体制と日本の国家体制――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)只管《ひたすら》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「女+保」、読みは「ほ」、493−14]母が
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 はしがき
一、現在のソ同盟の労働者・農民の生活
二、ソヴェト同盟の兄弟たちは、どんな闘争を通じて勝利を得たのか
三、ソヴェト同盟の国家体制と日本の国家体制
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        はしがき

 去る九月十八日、日本、満州国の全土にわたって、支配階級の命令に基いて、「満州事変」一週[#「週」はママ]年記念の祝賀と示威が行われた。ブルジョア新聞は号外を発行し、戦死者の慰霊祭が各地で催され、赤松一派の天皇[#「天皇」に×傍点]主義的ファシストは「忠君[#「君」に×傍点]愛国[#「国」に×傍点]」の示威行列をもって天皇[#「天皇」に×傍点]に忠誠を誓った。労働者・農民・勤労者大衆は、戦争によって益々、窮乏のどん底に追いこまれ、一切の反抗が、非常時の名によって、憲兵と警吏の手でふみにじられているとき、支配階級とその一切の手先は、戦争一週[#「週」はママ]年を祝賀したのである。そして、「挙国一致、軍民一体、只管《ひたすら》に皇軍使命の達成に邁進すべきことを、切に祈念する次第である」(荒木陸相、九月十八日、読売新聞)と云い、ブルジョア地主的政府[#「政府」に×傍点]の侵略政策の強化を新たに誓ったのである。
 世界経済恐慌の行き詰りを深刻に経験しつつある日本帝国主義が、列強帝国主義の最も弱い一環として、其故にこそ必死になって、中国の殖民地的再分割、中国革命の圧殺を目的とする侵略戦争を開始して、既に一年が経過したのである。去年の九月十八日に怪しげな満鉄爆破事件をきっかけとして開始された日本帝国主義の侵略戦争は、常に「満州事件」或は「上海事変」などと一見局部的に感じられる呼名で報道されて来ている。しかし、その偽瞞のかげに日本帝国主義の軍事行動は、ソヴェト同盟への侵略を目指し、米国との対立をつつむ第二次世界戦争の準備に向って、計画的に拡大されているのである。満州国の占有は満州における日本帝国主義の軍需工業原料生産地として、もくろまれたばかりではない。ソヴェト同盟侵略のための屈強な軍事上の足場としてつかまれたものだ。匪賊(実は日本帝国主義侵略に対して奮起せる中国のプロレタリアート・農民の武装蜂起)討伐の名をかりて日本帝国主義がその兵力をたゆみない陰険さで、ソヴェト同盟の国境に近く近くと展開させつつあることは、ブルジョア新聞の記事によってさえ明かである。
 今、このブルジョア地主的政府[#「政府」に×傍点]は、日本資本主義の行き詰りを国内においては労農大衆への苛酷な搾取と支配の強化、又一方、殖民地再分割の帝国主義戦争、特に反ソヴェト干渉の戦争によって切り抜けようとしている。
 だが、列国帝国主義の憎悪のなかで、革命第十五週[#「週」はママ]年を迎えるソヴェト同盟とはいかなる国であるか?
 我々、労働者・農民は「ソヴェト同盟を守れ」というスローガンを掲げて闘っている。吾々は何故、ソヴェト同盟を労働者・農民の「祖国」と呼んでいるのか。それを正しく知るためには、ソヴェト同盟の国家を知り、それが日本のブルジョア・地主的天皇制[#「天皇制」に×傍点]の国と、どんなに根本的な相違があるかを充分に知らなければならぬ。

        一、現在のソ同盟の労働者・農民の生活

 一つの国が、どんな国かを知るためには、国の生産にたずさわっている労働者・農民の生活を知ることが一番近道だ。
 現在、資本主義世界には四千万人に及ぶ失業者が溢れている。ソヴェト同盟だけには一人の失業者もいない。それどころか五ヵ年計画の完成によって総ての勤労者の俸給は、一九一三年に比べると三倍になった。資本主義世界の農業恐慌は、万年景気の国といわれたアメリカをも襲い、どの国でも播種面は縮小し、農産物の生産額は減り、農民の生活は益々苦しいものになってきている。ソヴェト同盟だけは別である。農村の六割は集団農場化され、農業は最新式の機械、トラクターやコンバインによって行われ、集団農場クラブでは無料のラジオをきき、映画を見物出来るようになってきた。工場内の作業は電化され、労働時間は給料がのぼったが平均七時間六分に短縮された。十八歳以下の青年労働者は一日六時間労働で、十六歳以下の男女労働者は一日四時間の労働だ。ソヴェト同盟だけ婦人労働者は同一技術に対して男の労働者と同額の賃金をとる。その上、妊娠すれば、出産前後四ヵ月の給料つき休暇がとれ、支度金が月給の半分位貰える。産院は無料である。各区に幼稚園があり、工場附属の托児所では清潔な医者と※[#「女+保」、読みは「ほ」、493−14]母が子供等の世話をしてくれる。そして、ソヴェト同盟のあらゆる勤労者は年に一ヵ月ずつ休暇をとり、その期間は、景色のよい海岸や山の「休みの家」へ休養に出かける。産業別の各組合が、それらの「休みの家」を持っていて、賄つきで組合員を休ませるのであるが、どの「休みの家」も実に立派なものだ。昔はロシアの勤労大衆を「黒い連中」と呼んで搾っていた皇帝や大ブルジョア・大地主等が、贅沢三昧をつくして建てた離宮、別荘などが、今日ではソヴェト同盟の勤労大衆のためにだけ開放され、利用されている。
 ソヴェトへ派遣されたイギリスの労働者は、向うの機械工場の労働時間と賃銀を次のように報告している。(我々のとこでも、今ソヴェトへ労働者・農民が出かけて、ジカに向うの社会主義建設の進展の模様をみ、日ソ労働者大衆の結合をかたくすることが提議されて、実行に移されつつあるが、支配階級はそれを妨害し、弾圧している)

「つぎの表をみると、生産の成功によって、賃金がめだってあがったということがわかる。
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 年度   最低賃銀(一ルーブルは大体日本の一円)
一九二七年     八五ルーブル
一九二八年     九六 同
一九二九年    一一〇 同
一九三〇年    一二七 同
一九三一年(八月)一三一 同
同    (九月)一四〇 同
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 昨年には累進的出来高払い制がとり入れられた。次の収入表は現に職についている労働者からたしかめたものだ。
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絞盤旋盤工(最低一八〇)
承軸旋盤工(同…………)
 所得は一ヵ月三百ルーブルから百五ルーブル
仕上工(最低一六〇)
組立工(最低一八〇)
 所得一ヵ月三百五十ルーブル
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 その他鎖孔工、研工、製粉工、捲き手はおなじ割合で監督係、製図工、および監察員には少しばかりだが増俸がある。
 半熟練工の平均給料は一ヵ月百四十ルーブルである。労働時間は一日七時間だ。時間外労働には倍額を支払われる。作業服は無料であたえられるし、無料の社会保険にも加入出来る。この工場でも他と同様毎年給料つきの二週間の休暇があたえられる。
 このような条件は、英国工場にあるものとはくらべものにならない。われわれの視察を通じて一番意義のある点はわれわれが次の事実を発見したことである。すなわち、労働者が生産を増加し浪費と破損を減少させたならば、賃金や労働条件が自然とよくなってゆく。このことはレプセ工場ばかりでなく、ソヴェート・ロシア内のすべての工場についていうことが出来る。」(ソヴェートの友、八月号、七頁)

 日本では、労働者・農民のくらしはどんなか。
 失業者は三百万人を越え、しかも日々激増する一方だ。
 賃金は下る一方だ。〔二字伏字〕ブルジョア・地主は現在の恐慌を勤労大衆の肩におしつけて逃れようとしているのだ。賃銀はそのためにずっと下げられている。日銀の調査による「機械及び器具工業」の賃銀をとってみよう。
 昭和五年四月(一九三〇年)一八六銭三
 昭和六年四月(一九三一年)一七九、一
 昭和七年四月(一九三二年)一七三、八
 これは、七年四月の賃銀を五年四月に比べると、十五銭七厘の減少、六年四月に比べると五銭七厘の減少である。昭和元年を一〇〇とすると今年の四月は九四・四にあたる。機械産業は、軍需品製造のため「活気」を呈している。極めて少数の産業なので、未だ賃銀の低落が甚だしくないが、それでもソヴェト同盟の機械工の一ヵ月の収入に比べるとくらべものにならない相違だ。さきにあげた英国の労働者の報告でみると、一九三一年九月の収入は、一四〇ルーブル(円)であるのに、日本の一九三一年四月の一月の定額収入は、五十二円十四銭だ。約三分の一である。
 機械でなく、製糸等の産業では、昭和元年を一〇〇とすると、今年四月は六〇・二の割合で、昨年四月を一〇〇とすると八七・九の割合である。そして大体、一昨年に比して、十五銭、昨年に比して五銭位宛の賃銀引下げが行われている。
 賃銀がこのように下っているだけでなく、軍需生産等の動いている産業では、居残り、夜業等の労働強化で、不衛生極まる施設の中で、身体はどんどん悪くなって行くばかりだ。臨時工は、本工よりも極めて悪い条件でいれられて、失業の憂目を目の前にぶらさげて、資本家の戦時利潤の犠牲にしぼられている。
 婦人の労働者は、男子の労働者の苛酷な条件に輪をかけたような、殖民地的な搾取にあっている。産前・産後の休暇はおろか、便所に行く時間さえ制限している。大抵の繊維の女工さんは、工場生活で肺をやられてしまうのは、もう常識になっている位のひどい搾取だ。信州の生糸工場では一日十二時間以上の労働で最低十八銭平均三十銭で真夏は百二十度の工場で苦しめられているとのことだ。
 反動的な教化団体の組織(希望社その他)や君が代の暗誦、役人の忠君愛国主義鼓吹の講演、闘争を鈍らすための御用スポーツ、こんなのが唯一の文化的施設だ。本を読む会や文化サークルにすら弾圧が下っている。合法的に出ている文学新聞を読んだからといって首を切る位だ。病気になったとて、社会保険もなく、休養させてくれるどころか、合理化の首きりの好機会にされる。そして今日でさえ、このような状態であるのに、一度、戦争が拡大して「国家総動員」が公然とやられ始めると、労働者は、兵隊の賃銀と同額(つまり一日十五銭)で銃剣にかこまれた強制労働をやらされるのだ。
 日本の農村ではどうか。
 先ず、農業恐慌は今年に入って、また深刻になった。都市の失業者は年々、二三十万農村へ帰ってくるが、新しい仕事もなく一家の窮乏が増すばかりだ。農産物の価格の下落、収穫度の減少だけの問題だけでなく、農民には飢餓が迫っている。東北地方では女房を売り、木の根を食って生きている始末だ。活動写真館なんかには金を出しての入場者はなく、玉葱や野菜を持って入場料の代りにしている。上北郡十和田村では、昭和六年十一月、七百戸全戸に病人があり、三戸《さんのへ》郡猿辺村では三百戸全戸に二百五十の病人があると帝国農会報は伝えている。が、勿論、殆んど医者になんぞかかることは出来ない。農漁村を通じて欠食児童は、二十万に登っている。
 福沢全国町村会長は自ら昨年長野県の農村の家計調査を次の如く発表している。
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    ┌収入 三二二円
自作農 ┤支出 四七七、八九
    └不足 一二五、八七
    ┌収入 四〇四、八一
自小作農┤支出 四八九、八五
    └不足  八五、〇四
    ┌収入 二五九、二三
小作農 ┤支出 三三六、六三
    └不足  七七、四〇
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 平均、九十六円十一銭の不足である。重い税金と、五割六割の小作料の収奪はつもりもって、今日の農村の負債を約七十億円にしている。土地飢餓と食糧の不足から、貧農、中農は大衆行動で立ち上ろうとしている。満州侵略戦争は愛国の美名の下に、農村の
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