、拷問、虐殺を行いつつある天皇[#「天皇」に×傍点]と、その憎むべき反動的手先に、革命の制裁を与えねばならぬ)三月十六日、革命の進展におされて、ニコライは遂に退位した。
 ツァー[#「ツァー」に×傍点]の支配は三月革命で倒された。が、政権は革命的プロレタリアートの手に握られないで、国会を基礎として、立憲民主党、十月党、メンシェビキ――ブルジョアジーの代表者「臨時政府」がつくられ、それが支配した。臨時政府より遙かに大衆の間に権威を持っていたソヴェトの指導者は、政権をソヴェトに獲得しようとしないで、ブルジョア的政治家が政権へ到達するに委せたのである。ボルシェビキの組織が、戦時、多くの被害を蒙っていたため、ソヴェトの指導部にいたのはメンシェビキであった。
 かくて、労働者階級の階級意識と組織が十分成熟していず、妥協主義者によるソヴェトの統制等という事情から、所謂、「二重権力」の時代が始まったのである。レーニンは、「国家と革命」において、「ソヴェトはブルジョア民主主義者の指導のおかげで既に骨抜きになっていたし、また、ブルジョアジーはソヴェトを解散させるには力が不十分であった」と書いている。
 
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