有島武郎の死によせて
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
*:空白 底本で「一字空白」としている箇所
(例)芸術に於て*で、
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七月八日、朝刊によって、有島武郎氏が婦人公論の波多野秋子夫人と情死されたことを知った。実に心を打たれ、その夜は殆ど眠れなかった。
翌朝、下六番町の邸に告別式に列し、焼香も終って、じっと白花につつまれた故人の写真を見たら、思わず涙にむせび、声を押えることが出来なかった。彼の温容が心を打ったこと、並、人生の切なさ、恐ろしさ、平凡の底に湛えた切迫さ、真剣さを、一時に感じ、涙となったと云ってよい。
翌十日、自分は、動乱した心持のやや鎮まりを感じ、気分を更える為に髪を洗った。
今日(十一日)は風の強い、始めて蝉の声のする夏らしい日だ。
朝から仕事にかかる心組みで、食後机に向った。一回分の半以上迄無事に進んだが、そのうち又、心についてはなれない感動の余波で注意が、仕事から逸し勝ちになる。自分は総てこの一事によって経験した自分の心持ちを書いたら、幾分頭はしずまり、仕事につけるだろうと思いついて、此の筆を執ったのだ。
今、自分の心には
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