牧場には十八九頭の牝牛と一匹の勢の強い種牛が居るほか二年子が三匹と当年子が一つ居てかなり賑って居る。
 その中の四匹の子牛のお守りをするのだ。
 体が小形なので子牛でもふざけて走りだすと繩を握って居る小僧はひきずられる。
 私が行くと子牛の背や喉をこすりながらいろいろの事をはなした。
 退屈な時にペンペン草の満ちた牧場に座って小牛の柔かな体を抱えながらこの子の話をきくのは愉快な事の一つだ。
 小さいくせになれて居るので牛の鳴声をききわけてききもしない私に、
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ほら又鳴いた。枯草呉れろってな。
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なんかと得意になって云ったりする。
 子牛のお守にふさわしい児だ。
 可愛いんで泥たんこの田舎道を私の家まで六本の牛乳を運ぶのがみじめだったんで牧場から帰りにさっき私達の目の前でしぼって消毒した牛乳のあついのを下げて帰ったりする事もあった。
 可愛らしいと思ったばかりで名をきく折はなかった。
 私の記憶には只幼ない可愛い牛乳屋の小僧として長く残って居る事だろう。

     乳しぼりの男

 高原的な眼の輝きとかなり長い髪と白い手を持って居る男
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