龍田丸の中毒事件
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)けれども[#「けれども」に傍点]という短い言葉は
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 この二三日来の新聞で龍田丸の中毒事件が私たちを驚かしている。やっと故国へ近づいて明日は入港という時に卵焼の中毒で、九人もの人が僅かの時間のうちに相ついで死んで行ったし、病気でいる人が百二十五名だということは、これまで聞いたことのなかった不幸な出来ごとである。昨晩の夕刊はこの悲しい入港とその同じ船にのって帰って来た名士たちの帰朝談とを報じていた。船の医者やその他の責任者たちはもとより、心から遺憾の意を表してはいるのだろうが、私たち一般のものの感情には何かまだそこに表現され足りないものがあると感じられた。船医にしろ、原因は卵焼の中毒であると、明らかに認めながら「けれども、永い航海の疲労と三日来の猛暑が船客達の胃腸を弱らせていたからです」と語っている。
 このけれども[#「けれども」に傍点]という短い言葉はその人たちを気の毒に思っている私たちの心もちに固くふれて来る響きである。胃腸が弱っているにしろ
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