坂より低い。二三段石の踏段を降りて、門から玄関までの敷石を渡ることになっている。細長い、樫の木の生えた、狭く薄暗い門先だ。そこに、犬小舎が置いてある。軒下ではない。門柱の直ぐ傍だ。何だか粘土質らしい、敷石はずれの地びたの上に、古びた木造の犬小舎がある。
 私は、その門から男も女も、活々した姿を現したのを嘗て一瞥したことさえない。門扉が開き、まして近頃はアンテナさえ張ってあるのが見えるから、確に人はいるのだ。それにも拘らず、私が通る時出会うのは人ではない。犬だ。いつも、犬だ。白い頭の上から墨汁の瓶をぶっかけられたように、黒斑《くろぶち》のある白犬だ。
 斑犬を、私は一概に嫌いだというのではない。鷹揚で快活な斑もあるが、その犬のように、全体はっきりした白と黒とで穢《よご》れたようなのは、陰気だ。その上、まるで面長な色白い人間の婆さんのような表情を、この犬は持っているのだ。樫の木は、冬でも小暗い蔭を門になげている。家はがらんと人気《ひとげ》ない。そこに、鎖につながれ、この斑の婆さん風な犬が私を見ている。――おまけに、その犬は、世間普通な犬の吠え方を知らないのか忘れるかしている。吠える声を聞く
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