吠える
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)黒斑《くろぶち》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)折々|雫《しずく》のように

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九二六年七月〕
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 雨が降って寒い夕暮など、私はわざと傘を右に傾け、その方は見ないようにして通るのだ。どういう人達が主人なのだろう。そしてまた何故、あの小舎を、彼処に置いておくのだろう。私は、坂を下りかけると、遠くから気をつけて行く。白いものがちらりと見えたり、かちゃりと鎖の音がしでもすると、私は矢を禦《ふせ》ぐ楯のようにいそいで傘を右に低く傾ける。登って行く時なら反対の方へ――左へ傾ける。それで眼で見ることだけは免れるようなものだが、私は楽でない。彼処にあれが、ああやって生存する間私は完全に楽にはなり切れまい。――私は或る一匹の犬のことをいっているのだ。
 然し、それより前、家のことを話そう。その犬の飼われている家は、小石川の二つの丘陵地帯を繋ぐ、幅広い坂の中途にある。坂の中途に建った家がよくそうである通り、家全体の地盤が
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