に起きて貰わなくちゃ駄目じゃないの」
 姉がうんともすんとも云わないのを見て、登美は隣室へ襖越しに叫んだ。
「母さん、起きて頂戴な。姉さん起きないんですって今朝は――」
「おやおやそれは大変だ。――もう御飯かけましたか」
というなみのいつも穏やかな、歯の工合でも悪そうに引かかる国訛の残っている声がした。
「――また例のでしょう」
 こちらへ出て来ながら、縫子の床を見下し彼女は愕《おどろ》きもせず云った。
「――どうも二三日怪しいと思っていましたよ――顔の上気せかたが変だったもの。――さあ登美ちゃん、髪をお結いなさい、もういいから……」
 縫子が寝ついたということは、よその家庭で電球が一つこわれたという位の感情しか家じゅうに惹起さないらしかった。商工省の小役人である父親の勘次郎は、朝食後の爪楊子を口中でころがしながら、
「どうした」
と一言云ったぎり、縫子の夜具の裾の方で洋服に着換え、いつもの通り出勤して行った。

        三

 お針子がいるしするので、杉村では御総菜などに手間をかけない風であった。昼になみは、米《よね》のところから貰った鰯の干物を焼いた。そして自分だけ先に食べ
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