通りすがりに声をかけて行くだけであった。枕元に蹲んで話しかける者もない。変に放任されて、縫子は寝ている。彼女は侮蔑というほどでもない家じゅうの侮蔑にそうやって遠巻きにされつつ醒めているのか、うとうとしているのか。力が萎えて体がしゃんと立たない。大儀に寝がえりを打つ時など涙が眼尻から冷たく流れ落ちた。
 朝、六時半に登美が目を醒した。彼女は、
「姉さん」
と、隣りに並んで眠っている縫子を起した。
「もう時間だわよ」
 縫子はひどく充血した眼を開いて陰気に寝たまま、着換えしている妹を眺めていた。
「火起してるから早く起きて頂戴」
 登美は私立女学校の三年生であった。彼女が火を起し、お釜までかけたのに姉はまだ起きてこない。その部屋に学用品をのせた机もあるし、登美は、
「どうしたのよう姉さん」
とふくれ声を出して催促しながら障子をあけた。また枕についたまま縫子は憤ってでもいるように妹を凝っと見、やがてあっち向になるなり夜具を引きかぶってしまった。
「――――」
 ちょっと呆気にとられた登美は、合点が行くと、
「仕様がないわね」
と大人らしく呟いた。
「姉さん、起きないの? 起きないんなら母さん
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