を音読して皆に聞かせた。「『まず御免なせえまし』そこへ入り込んで、どっかと胡坐《あぐら》をかいて黒い頭巾を投げ出したのは、なるほど裏宿の七兵衛でありました」
「ちょっと、そこに縫ちゃんいますか」
爪を剪りながら大した感興もなく、油ののった米の声を聴いていた縫子は、小鋏を置いて襖をあけた。茶の間に行って見ると、水口から茶色のスウェタアに洋袴《ズボン》をつけた勇が帰って行ったところであった。縫子は黙って長火鉢の向う側に来て蹲んだ。
「困っちまうわね、山科さんところ、また一騒動したんですってさ」
縫子は、灰をいじくりながら唇を歪めた。
「二三日頼みたいって云うんだけれど――どう? どうせお裁縫も間だしするから行ってあげなさいな」
縫子はつい先日、今泉の細君の義理のある家で手不足だというので頼まれ、十日もいやな思いをして手伝って来たばかりであった。
「また別なところじゃありませんか。――それにその皸で家にいたってお洗濯一つ出来ないんだもの。――」
「…………」
暫く黙って長火鉢に拭布をかけながら、やがてなみがいいことを思いついたというように云った。
「ああ本当に! 今度は山科さんに何と
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