なみと今泉という懇意な細君の低い話声がするのだ。
「ええ、そうですとも……」
 これは今泉の細君の元気な嗄れ声だ。
「どうしてでしょうね。同じもの食べて私や登美子なんぞちっとも何ともないのにねえ」
「――皸《あかぎれ》なんかも体質によると見えますねえ」
 暫く間を置いて今泉の細君が云った。
「やっぱり人はきっちり勤めでもあった方がいいと見えますね、お出しなさるといいんですよ縫子さんも」
「実科を出たばかりのとき暫く勤めていたことがあるんですが、どうも何をしても続かないんでね、朝起きるのが辛い人だから冬なんぞとてもね」
「人間は張合いで生きているようなもんですもの、お琴でもお花でもお稽古ごとだって習えば習っただけのことがあるんだからなさりゃいいんですよ」
「――何か好きなことがありでもするといいんですがねえ」
と述懐するような母の声がした。母は縫子を前に置いて云うことしか云っていない。縫子は床の中から他人事《ひとごと》のように聞いた。
 すると、突然今泉の細君が大きな声で、
「なあに、今にちゃんとした方でも見付かって身がきまれば大丈夫なおりますよ」
と云った。その声は寝ている縫子の耳にひ
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