たし、英輔自身慶大の法科に通学していたりするので、杉村の家族は彼が来るといつもどこか家が明るくなったように感じた。娘たちばかりでなく、なみでさえ外から帰って来ると、
「おや珍しい」
と気さくな悦びを示した。
「悠くり出来るんでしょう? 今日は。――伯母さんはいかが相変らずですか」
 彼女は布団の上に立って帯をしめかけている縫子を見て、毒のない冗談をあびせた。
「さあさあ御病人さんも寝ちゃいられますまい」
 まだ大儀なのだがまあ折角のお客だからという風に体を扱っていた縫子も、夕飯が賑やかにすみ、好きな花合せが始ると、しんから溢れる活気をかくす業など忘れてしまった。坐布団を真中にして、長火鉢の両側に父親の勘次郎となみ。登美がその次で縫子は英輔と隣り合わせであった。
「おりるおりる、こんな変てこな札つかまされて出られるもんか」
 すると、縫子が、
「じゃ見て貰おうっと。ね、どうこの手――大丈夫?――仕様がないでしょう」
 両手に札を扇形にひらいて持ったまま膝をくずして英輔の方へさし出した。
「そうねえ――このかげがありゃ素敵だが――」
 英輔は勢よく、
「行き給え行き給え、僕がついてる」
と、持ち添えて見ていた手を離した。
「じゃ参ります」
「丁寧だね」
「いいこと? じゃ私役があるわよ」
 登美が本気になって声を張上げた。
「十一《といち》!」
 縫子は、手の中を絶えず英輔に見せるようにしつつ、百人一首でもするような手つきで歌留多をめくった。
「姉さんと父さんとそっくりね、いやに不景気なやり方をするんだもの」
 色の黒い、しかし太って皮膚の軟い勘次郎は太い眉をひくひく動しながら、
「勝てばやり方なんかどうでもいい」
と、舌たるいように云った。
「変だね僕こんな筈はないんだがな、見てくれよこれを」
 英輔は碁石入の蓋にたまった借貫の南京豆をからからころがした。やッと、英輔が親になった。
「ようしこれで皆の財産総浚いにしてやるぞ。不見《みず》!」
「あらあ」
 娘たちが一時に恐惶した。
「小場《こうば》が出ろ! 小場《こば》が出ろ!」
「なあに――シッ! とどうだ。偉いだろう」
「何? あら坊さん? あら! あら! ずるいわ英兄さんずるいわ、そんな一度に二十もの三枚も出すなんて……」
「仕様がないよ、天が我に幸したのさ――あ、誰でもいらっしゃい、出る人は九貫、下りる人は三貫
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