それに気づかないでいる。さよ子のその自然さも、順助にはわかる。
三人は、階下で花なども売っている有名な果物店の上で冷たい飲みものをとり、そこからぶらぶら有楽町の駅まで行った。出札口のところに切符を買うひとの列が出来ていて、順助はその一番しまいに跟《つ》いたが、何気なく帽子をかぶり直す横顔に微かな当惑の色の浮かんでいるのが桃子の目に入った。ああ、きっとかえる方向が別々なのだ。桃子がひとりになるのを順助は気にしているのだ。
「お宅――どちらですの?」
「ずうっと大森」
桃子は、
「順助さん――私の分まで買う気なんじゃないのかしら」
ひとり言のように呟いた。
「ちょっと失礼、ね。いってくるから。――私パスなんですもの」
書類入鞄からパスを出して、桃子は順助に向って歩きながら、これ、これ、という風に動かしてみせた。そばへ行くと少し声を落していった。
「――私大丈夫だから――ほんとに心配しなくていいのよ」
「ああ」
列にならんで雑踏するプラットフォームへ出ると、順助は半分冗談めいて、
「どっちが先へ来るだろうかな」
と、左右の線路を見くらべるようにした。やがて、それにはちっともふざけ
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