妹の川田桃子です。森崎さよ子さん、どうぞよろしく」
 そして、煙草に火をつけながら、
「園子夫人の進境著しい、ね」
 ひとりでの感情を声に溢らして桃子は、
「ほんとう!」
と相槌をうったが、すぐさよ子をかえりみて、
「ここ、いつでもいらっしゃいますの?」
と話題のなかへ対手を誘った。
「時々――兄ったら自分の来たくないときだけ切符くれますのよ」
「じゃあ今日は特別待遇ですね、二枚もおごってくれたんだから」
「友兄さん、今うれしいからなんでしょう」
 順助は、
「ああ、そうか」
と笑って、
「友二さん、学位とれることになったんだそうだ」
と桃子に説明した。
 順助は、音楽会へ女の子をつれて来るのが好きというたちの青年とは全く反対の性格である。その気質をよく知っている桃子が、今夜は思いがけず一緒に現れた初対面のさよ子に対して、いわば順助への心づかいから、自分をなるたけ内輪に内輪にと表現しようとしているのが、順助にはっきり感じられた。
 演奏会が終ってから銀座へでも出ようと、暗いビルディングの間を歩いたりするときも、桃子は和服で草履ばきのさよ子の足なみに自分の歩調を合わせている。さよ子は一向
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