いなもののない本気さがこもっていた。真直《まっすぐ》音楽にうち向いて、音楽に自分の生活のあらゆるものを与えそこに生きようとまた新しく思いきわめたというような気魄が、力づよく丸みある一うちのコードのなかにも響いているようである。新鮮なおどろきに似たこの感動は曲が進むにつれてますます桃子の心を捉えた。ぐるりの聴衆も、際立ったこのピアニストの内面的な進境で奏される音楽に魅せられた風で、息をつめた満堂の静謐のなかに最後の旋律が消えると、情緒的な拍手の嵐がおこった。アンコールのあとも拍手はしずまらなくて、もう一度出て来たそのお辞儀もやっぱり、さっぱりと真率なものでされている。桃子は熱心に手をたたきながら、もし出来ることなら、この芸術家の手を心から女同士の思いでとって、本当によかったわねえ、とよろこびと激励のひとことを囁きたかった。桃子はこのひとが外国から帰って来たばかりのまだ白いソアレを着ている細そりとした令嬢だった時分から、ひそかな支持者の一人であった。やがて関西の富裕な実業家との華々しい婚礼があり、それから後の数度の演奏は、女性として肉体的にも豊饒な刻々の成熟が反映しているようでありながら、
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