ぐらして、高いところから自分を見守っている桃子の顔をなんなく見つけ、爽かな笑顔でもって頷いた。親愛のこころそのままの様子でそれに応えている桃子から順助へと、隣席の青年が青春の敏感さで目をうつした。順助のとりつくろわない全体に何かただようものがあって、それは男の目をひくものをもっているのであった。
 みてみると、順助は通路に佇んでいる桃子とおない年ぐらいの女のひとのそばへよって行って、少しこごみかかる姿勢で何かいった。そのひとは素直にふりかえって、順助に教えられながらだんだん辿って桃子の顔へ視線をとめると、おとなしい会釈をその場所から送ってよこした。少し遑《あわ》てた桃子は丁寧に女学生っぽいお辞儀をかえした。支那風の翡翠色の繻子に可愛い刺繍をした帯のうしろを見せてそのひとが先に立ち、いつもの順助の席よりはずっと先の棧敷の方へ静かにおりてゆく。そこへ開演をしらせるベルが鳴りわたった。
 井上園子の演奏するコンチェルトを桃子は今夜特別深く心にうけとって聴き入った。久しぶりでこのひとの演奏をきくというばかりでなく、ステージへ出て来てお辞儀をする、そのお辞儀のしぶりからして今晩の井上園子にはよけ
前へ 次へ
全26ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング