座席に動いてゆく。いろんなきもの。いろんな帯。いろんな髪の形。夫々の趣向をひそめたそれらの色と動きとを巻きこんで、熱心に調子を合わせているバスの絃の響、笛の顫音、ヴァイオリンの入り乱れた音などが期待を誘う雰囲気をかもして、しめられている舞台のカーテンの彼方から場内いっぱい漂っている。
 空いていた桃子の右隣りに譜をプログラムに持ち添えた青年が来た。桃子はスカートをまとめてすこし体を肱かけからずらし、自然な動作のつづきで柔かく顎をひきながら襟に插している渋い色の匂い菫をかいだ。勤めからまっすぐまわって来る桃子は、小さいけれども生きたその花を襟にさして、一つの夜を自分なりの心持よさに飾っているのであった。
 ふと、目の下の木手摺のところへ現れた一人の男の姿が桃子の視線をとらえた。横を向いた顔でそれがたしかに順助だと判ると、やっぱり来たのねという気持を率直な表情にあらわして、桃子は順助がこっちを振向くのを待った。学校時代からこの交響楽団の演奏会だけは来ている従妹の席を、やはり音楽好きの順助はよく知っているのであった。今も順助は、持ち前の何となし寛闊なところのある身ごなしで帽子を脱ぐと、頭をめ
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