杉の青芽の一つをむしった。
「わかんないかい? ね、一刻さきの分らない生命だという気持は現実につよく作用するからね。享楽的になっているとか無理想になって来ているとかいうけれどそれは一部さ。いつの時代だって、そうなる者はいるんだ。そう喋りはしないけれど、もっと深く感じているいい奴が男のなかに案外いる。そういう男は現代に家庭の安定というような浅いところで妻を感じていやしないと思う。もっとむき出しに時代の運命の荒っぽさを見て、その苛烈な人間の運命への母性的なものとして妻を考えると思う」
 順助の顔の上には、あのとき海岸で犬と遊んでいたときのような、それをもっと濃くしたような寥しさと熱情のいり混った表情が拡った。
「女のひとはどうもちがうらしいね……女のひとはこの頃いわば日常的にますます安定に執着して来ているんじゃないかな。男のそういうこころと、逆に行ってる……」
 この間うちからのさよ子と順助とのすべてのいきさつが桃子の心の中ではだんだんと肯けて来るのであった。
「時代の不幸なんて、妙なところにあるね」
 桃子は、海岸の家へ行った晩、母の多代子が珍らしいこんなさし向いの折にという風で切り出し
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