ん、当分あっちから通うのかと思っていた」
「そんなことしないわ、汽車まるでひどくこむんですもの」
「それもそうだね。大井なんかのブリッジには朝下駄がおっこっているそうだから」
 この間うちのことにはふれず、順助はずっと何とない世間話をしているのであったが、ふっと、
「どういうもんだろう」
といった。
「男と女と、いろいろの感じかたがちがうのはあたりまえだが――何か時代によって、特別、ちがいがひどくなるようなことがあるんじゃないか。――どう思う?」
 桃子が答えるのを待たずに、順助は、
「たとえば結婚なんかについて――いや、結婚というより、妻というものについてかな。今、若い男はこれまでよりどっかちがった人生的な気持で考えているんだと思うな。もと永続的な向上の理想で結婚とか家庭とかいうものを考えたそういう部類のいわゆるましな若いものは、今ごろずっと切迫した気持で、一方いつ中断されるかもしれない生命ということを考えて、そして妻というものを考えてると思うんだ。うまくいえないが……」
 こまかい砂の敷いてある径道《こみち》を歩きながら、順助は自分のしていることを心づかないで偶然手にふれたヒマラヤ
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