よ子が笑って立っている。
「あら……」
 桃子は仮睡からでも醒まされたような弱々しい途方にくれたような笑顔になりながら、きゅっきゅっと自分の額を握りこぶしで擦った。
「御免なさい、余り思いがけなかったもんだから」
 桃子はやっと立って行って、
「よくいらしたわね」
とさよ子を迎えた。
「ゆうべ老松町の方へ電話かけたら、こっちだっていうもんだから」
「よかったわ。母さんもう御挨拶したの?」
「ちょっとお出かけだとさ」
 飲みものの用意をしたり、あついしぼり手拭をこしらえたりしながら、桃子は単純な思いがけなさばかりではなく動かされている自分の感情で何となしうつむいた。こうやってここまで連立って来た二人の姿は何を語ろうとしているのだろう。
 やがて多代子もかえって来て、みんなは東京からおもたせの御寿司を、芝生の木蔭へもちだしてたべた。生れつき善良さと悪意のない観察眼とを半ばずつ綯《な》い交ぜながら愛想よく多代子が、若い女客をもてなしている。さよ子は、時々、
「まあいい気持」
とか、
「ここ、砂地でも花が咲いて、ようございますわね」
とかいいながら、こだわりのない様子でそのもてなしを受けている
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