きのことを思い出した。今のようにして桃子が臥ている。それとならんで、両方からのばした手の先がもうすこしで触れ合うほどの距離をおいて順助も仰向けにのびている。二人とも眩ゆい日光を遮るために片腕曲げて額のところにのせていた。ちょうど今きこえているような爆音がして、碧く晴れわたった空を西へ向ってゆく機体が見えた。松の梢の上空で、すこし角度が変れば操縦者の姿も見えそうな気がする。桃子は静かな憧れと満足の響く声でいった。
「ね、私たちのこうやっているの、見えるかしら」
「さあ――あれで案外あるんだろう」
 二人はなおしばらくそうやったままの姿勢で遠ざかってゆく機体を見送っていた。
 実際の爆音も桃子の思い出の中の爆音も次第に微に明るい空の彼方へ消え去ったとき、急に桃子はギクッとした表情で両眼を開け、臥たまま自分の耳を疑うような眼つきをした。ちらりと聞えた声が順助そっくりだった。そんな空耳ってあるだろうか。もう一遍きこえたらと四辺の空気へ注意をこらしていた桃子は、今度は本当に覚えず、
「あら」
といちどきに芝生の上で上半身おきかえった。そこに順助が来ている。順助のうしろには紫色をぱっとにおわせてさ
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