。
「一休みなすったら、ちっと海岸を歩いていらっしゃいましな」
と多代子がいった。
「大した景色でもないけれど、江の島がついそこに見えますし気が晴れ晴れいたしますよ」
「きょうなんか、もう入れそうだな」
「冗談じゃない順助さん。駄目ですよ、そんな。――桃ちゃんも御一緒して、ね」
「…………」
順助は誰にともなく、
「すこし歩いて来ようか」
と立ち上った。さよ子も袂をそろえるようにして立って、
「おいでにならない?」
桃子をかえりみた。
「後から行きますわ――私、これから大いに腕のいいところおめにかけなけりゃならないんですもの」
「じゃ、たいてい、あの橋を真直出たところ辺にいるから」
二人は庭から木戸へ出てゆく。多代子はじっとそれを見送っていて、何かいおうとふりかえったら、もうその辺に桃子はいなくなっていた。
黒と白とのそのまだら犬はちっとも訓練されていない野放しで、桃子が放る枯木の枝をおっかけてその方へかけ出しはするけれど、それを咬《くわ》えて戻ることは知らないで、やたらにそこらの砂を蹴立ててふざけている。先へ先へと小枝を放りながら最後の砂丘を犬と一緒に勢いよく駈けおりて、顔
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