ん、当分あっちから通うのかと思っていた」
「そんなことしないわ、汽車まるでひどくこむんですもの」
「それもそうだね。大井なんかのブリッジには朝下駄がおっこっているそうだから」
この間うちのことにはふれず、順助はずっと何とない世間話をしているのであったが、ふっと、
「どういうもんだろう」
といった。
「男と女と、いろいろの感じかたがちがうのはあたりまえだが――何か時代によって、特別、ちがいがひどくなるようなことがあるんじゃないか。――どう思う?」
桃子が答えるのを待たずに、順助は、
「たとえば結婚なんかについて――いや、結婚というより、妻というものについてかな。今、若い男はこれまでよりどっかちがった人生的な気持で考えているんだと思うな。もと永続的な向上の理想で結婚とか家庭とかいうものを考えたそういう部類のいわゆるましな若いものは、今ごろずっと切迫した気持で、一方いつ中断されるかもしれない生命ということを考えて、そして妻というものを考えてると思うんだ。うまくいえないが……」
こまかい砂の敷いてある径道《こみち》を歩きながら、順助は自分のしていることを心づかないで偶然手にふれたヒマラヤ杉の青芽の一つをむしった。
「わかんないかい? ね、一刻さきの分らない生命だという気持は現実につよく作用するからね。享楽的になっているとか無理想になって来ているとかいうけれどそれは一部さ。いつの時代だって、そうなる者はいるんだ。そう喋りはしないけれど、もっと深く感じているいい奴が男のなかに案外いる。そういう男は現代に家庭の安定というような浅いところで妻を感じていやしないと思う。もっとむき出しに時代の運命の荒っぽさを見て、その苛烈な人間の運命への母性的なものとして妻を考えると思う」
順助の顔の上には、あのとき海岸で犬と遊んでいたときのような、それをもっと濃くしたような寥しさと熱情のいり混った表情が拡った。
「女のひとはどうもちがうらしいね……女のひとはこの頃いわば日常的にますます安定に執着して来ているんじゃないかな。男のそういうこころと、逆に行ってる……」
この間うちからのさよ子と順助とのすべてのいきさつが桃子の心の中ではだんだんと肯けて来るのであった。
「時代の不幸なんて、妙なところにあるね」
桃子は、海岸の家へ行った晩、母の多代子が珍らしいこんなさし向いの折にという風で切り出し
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング