た言葉を思い出した。それは、この前伯母が来たとき、桃ちゃんも、そろそろお家にいらっしゃるようにしなくてはね、どうしても近ごろは、ああやっていらっしゃると御縁が遠くなり勝ちですからね、といったことを、自分も賛成の意見として話したのであった。親や娘たちも、このごろは妙なあせりかたをしている。そこに何かいつまでも変らない女のみじめさと、そのみじめさからの飾られた計算があるようで、桃子は悲しかった。
「ね、順助さん、そう思わない? そういうこと、みんな女が、男のひとと本当に同じ感覚で歴史の全体の断面を自分のものと感じるところまでいってないからなのよ。自分ひとりの幸、不幸でだけわかって、何だか時代の不幸というような感覚まで行ってないみたいなんだもの――ちがうかしら……」
「うむ……」
 永い間黙って歩いていて、順助はぽっつりと、
「愛すということを女はどう考えているんだろう」
と云った。
 それは殆ど自分自身に向って訊くような沈んだ調子である。桃子の胸を深い鋭い疼《いた》みに似たものが走った。こんなに近い近い自分たち二人の男と女、そしてまたこんなに遠くもある自分たち二人の男と女。これもこれとして一つの完き愛とどうしていえないことがあるだろう。桃子はそう思い、自分たちの靴にふまれて鳴るこまかい砂の音をきくのであった。



底本:「宮本百合子全集 第五巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第五巻」河出書房
   1951(昭和26)年5月発行
初出:「婦人朝日」
   1940(昭和15)年7月号
入力:柴田卓治
校正:原田頌子
2002年4月22日作成
2003年6月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全13ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング