の心を捉えるべき主題がない。言い換えれば筋はあるがその話の筋につれて展開して来る社会の様々な人心・その錯綜・その衝突・悲しみ・喜びが現実にあるより一層鮮かな輪廓を以って読者の心を捕えるような芸術の真の現実性というものが欠ける。それならばどういう力で、作家はそのような強い生活の搦《から》み合いの姿、そこで生き死にする人間の心持ちを再現するかといえば、それは一つの事件の現われ方をとおして、その現象は根本的にどんな動機、社会的な相互関係の上に起っているかということを今日の世の中の現実の姿の中に掴んだ時初めて作品の中に、その事件の当事者さえもそのように深刻とは自覚していなかったと告白するような、根深い社会性や社会の各層に属する人々の生活感情を反映することが出来るのであろうと思う。
一人のインテリゲンツィア作家が歴史の必然的の力によって階級的な移行をした場合、その作家の中にはその必然を自身の要求として理解し勇しく新しい困難の中に進んでいこうという決心を中心として、さまざまの感情は確に身についたものとして持っている。しかし自分が新たに所属した階級に生れ育ち闘っている人々がその生活の中から与えられ
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