した。向い側でお千代ちゃんが木炭紙へ墨で幾枚も絵を描いた。女の絵であった。
「――お千代ちゃん絵うまいのね」
「そーお。――私絵やろうかしら」
由子は頭をふり上げ、
「いいわ、そりゃいいわ」
と熱心に賛成した。
「お千代ちゃん絵はきっといいわ、お遣《や》んなさい、ね? する? きっとする?」
*
けれどもお千代ちゃんは絵もやらず、そのうち、祖母さんの家からいなくなった。木戸を入って行って由子は訊いた。
「お千代ちゃんどこへ行ったの」
「神戸のおばさんのところへ行ったんですよ」
「いつ帰るの?」
「もう半月ばかりで帰りますよ」
「神戸のどこなの?」
「……ああ、由子さん、そのコスモスお持ちなさい、今|剪《き》ってあげましょうね」
お祖母さんという人は、親切な人であったがそういう風な返事をした。
再びお千代ちゃんの顔を見た時、由子は「ひどいわ、黙って行っちゃうなんて!」
と云った。
「御免なさいね。――あのね――誰にも云わないでね……私本当は神戸で小母さんなんかのとこにいたんじゃないのよ。嘉久子のところにいたの、手伝いしながら見習いしていたの。――何にも
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