薄暗い廊下をお清さんがやって来た。白地の浴衣に襷《たすき》がけの甲斐甲斐しさだ。彼女は由子の傍へ来ると、
「ちょっと、こんなもの」
と云って膝をつきながら、笑って両手の間に小さい紫のメリンスの布《きれ》をひろげて見せた。
「何なの」
「あなたのでしょう」
「あら? 前かけね」
「長持ちのお布団の間から出たんですよ」
由子は漠然と懐しささえ感じて、そのメリンスの小っぽけな前掛に触って見た。前掛と云っても、袷の膝をよごさない為ほんの膝被いのつもり故、紫の布は僅か一尺余りの丈しかなかった。もう虫が喰っていた。ぽつぽつ小さい穴や大きな穴の出来たその古前掛は、並はずれて丈がつまっているだけどこやらあどけない愛嬌さえある。
「あら感心にまだこの紐がちゃんとしている」由子は一種の愛惜を面に表して、藤紫の組紐をしごいたりしたが、やがて丁寧にそれを畳んで、お清さんの前へ置いた。
「あなた大働きだから、勲章にこれさし上げます」
「おやまあ」
お清さんは、笑いながらそれを戴いた。
「恐れ入ります。じゃ、いただいといて家宝にでも致しましょう」
真面目腐って立ち上ったが、座敷を出ながら、
「でも本当に可愛
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