いう活発な眷属《けんぞく》がなだれ込んで来て部屋部屋を満した。永い眠りから醒まされて、夏の朝夕一しお黒い柱の艶を増すような家の間で、華やかな食慾の競技会がある。稚い恋も行われる。色彩ある生活の背景として、棚の葡萄《ぶどう》は大きな美しい葉を房々と縁側近くまで垂らして涼風に揺れた。真夏の夕立の後の虹、これは生活の虹と云いたい光景だ。
 由子は、独りで奥の広間にいた。開け放した縁側から、遠くの山々や、山々の上の空の雲が輝いているのまで一眸《ひとめ》に眺められた。静かな、闊《ひろ》やかな、充実した自然がかっちり日本的な木枠に嵌《は》められて由子の前にある。全く、杉森をのせ、カーバイト会社の屋根の一部を見せ、遠く遠くとひろがる田舎の風景は、手近いところで一本、ぐっと廊下の角柱で画される為、却って奥ゆきと魅力とを増しているようだ。
 由子は、樟《くすのき》の角机に肱をつき目前の景色に眺め入っていた。樟は香高い木だ。その芳ばしさは如何にも八月の高燥な暑さや澱《よど》みなき日の光と釣り合って、隈なき落付きというような感情を彼女に抱かせる。
 ――そうやっていると、彼方の庭までずっと細長く見徹せるやや
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