毛の指環
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)開《あ》いた

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)その玉は所謂|紅玉《ルビー》色で、

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]《たるき》
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 その家は夏だけ開《あ》いた。
 冬から春へかけて永い間、そこは北の田舎で特別その数ヵ月は歩調遅く過ぎるのだが、家は裏も表も雨戸を閉めきりだ。屋根に突出した煙の出ぬ細い黒い煙突を打って初冬の霰《あられ》が降る。積った正月の雪が、竹藪の竹を重く辷って崩れ落ちる。その音を聴く者も閉めた家の中にはいない。煤で光る※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]《たるき》の下に大きな炉《いろり》が一つ切ってあって、その炉の灰ばかりが、閉め切った雨戸の節穴からさし込む日光の温みにつれ、秋の末らしく湿り、また春の始めらしく軽く乾く。――微かな生きものだ。
 侘しい古い家も、七月になると一時に雨戸という雨戸を野外に向って打ち開き甦った。東京から、その家の持ち主の妻や子供達や、従兄従妹などと
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