真個《ほんと》に納得が出来ない。
 そして、最も妙なのは、あらゆる面積には厚みが無いということなのである。
 先生は、面積に厚みは無いと、あれ程はっきり仰云った。そして、一言の説明もおつけなさらなかったのに、級中の皆はよく解っているらしい。
 が、自分の知っている限りの面積には、いつでも、いつでも厚みがきっとついていたと云う「彼女自身の経験」を否定することは、どうしても出来なかった。
 どんなに薄い雁皮紙《がんぴし》でも、お粥《かゆ》の上皮でも皆厚みは持っている。
 自分の見たものの総てには、厚みがある。
 けれども、先生の言によれば面積に厚みは、「無いもの」なのである。
 何方かが間違って世の中の物を見ているのだ。彼女は大変不安になって来た。
 若し、絶対に有り得べからざるものを、自分だけが見ていたとすれば、今までの知っていたことの半分以上は、皆滅茶滅茶になってしまう。
 人並みの眼さえ持たない人間だった自分が、間違いだらけだと分った知識と一緒に取り遺されることを想像すると、彼女は怖くなった。何だか、居ても立ってもいられないような心持になって、大急ぎで出来るだけ高く手をあげた彼女は、
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