つめて突進しずにはいられなかったのである。
 今、自分がこれほどの尊敬を払わずにはいられない同じ人は、さっきいかほど侮蔑すべき態度であったかと云うことや、その間に必然|横《よこた》わっているべき矛盾などは、もう彼女の感動にいささかの影響を与える力も持たなかった。それどころか、何より大切だった面積の厚みの有無に対する疑問が、解かれないまま残されていると云うことさえ、この瞬間においては、全然彼女の脳裡から消え去っていたのである。単純で、一本気ながら熱烈な道徳的良心が、子供らしい真剣さをもって、あらゆる事物に向って作用する時代にある、感情的な彼女は、自分の判断で悪と認めたことには、渾身《こんしん》の勇気と反抗心をもって、猛烈に対抗し得た。
 けれども、一度善であり、正当であると認めた事に対しては、その結局は自分の極力拒むべき、悪のうちに流れ込むように水口を付けられてあろうとも、殆ど盲目的に誘われてしまうのである。
 彼女は、どうしても平常のように、頭を真直に保って、ちゃんと先生の眼を見ていることが出来なかった。
 そして、
「さあもう安心して彼方へ行らっしゃい。貴女が心配だったら、飛田さんと
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