なくても、いつも心は正しい先生だと云う方が、彼女にとってはどのくらい有難かったか分らない。
 そしてまた実際、貴女が悪いことをすれば、と云われた言葉には、真に卑怯なことなどは、微塵《みじん》も許さない心の強い人らしい力と、落付きと、誰憚らぬ威厳とがあったのである。
 彼女は、まるで落してもう諦らめをつけていた宝石を、偶然再び見出せた時の通りの尊さと嬉しさとを感じた。
 それが一度見失われた為に、再び現われたときの価値は、以前の倍も倍も有難いものに思われる。
 そんなにも有難く思われる為に、一寸でも手離して塵まびれにされていた時が、堪らなく惜しく、すまなかったと感じられる。
 失われていた時と、今、確かにこの手に持ち、この目で見ている時との心持の差が互に対照して、相当以上に強調された感動を与えるのである。
 彼女における場合も、全くその通りで、相すまなさも、嬉しさも、二つながら過度なものではあった。
 けれども、他人を叱らせては悪いと思うと、思う下から二階へ馳け上らずにはいられなかった子供の心は、一つ自分の尊敬に価するものに出会うと、その真偽も考えず驀進《まっしぐら》に、ただそれだけを見
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