が悪かったら、どうぞ私を叱って下さいまし、そして飛田さんを勘弁してあげて下さいませ」
 先生の顔を見た瞬間、体中の血が一どきにドクーンと音を立てて心臓に突かかって来、自分で自分の声がよく聞えないほどの興奮を感じた彼女は、飛び付くように先生の直ぐ前へ立ちながら、あらいざらいの勇気と力をこめて云った。
 先生は暫く、真赤になって激情から我知らず震えている彼女を見守っていたが、やがて彼女には思いがけなかった微笑を浮べながら優しい声で、
「伊那田さん貴女何か叱られるような事をしたんですか」
と云った。
 何と返事をしたらいいのか分らなかった彼女が、青い頬骨の突出た顔に漲《みなぎ》っている、何だか訳の分らないほど複雑な表情のうちから、言葉を見出そうとしているうちに、先生はすぐ後をつづけて、
「飛田さんには学校のことでお話していたんです。ちっとも叱られてなんかいたんじゃあ、ありません。ねえ、飛田さん」
と、飛田さんを見た。
「ね、そうですね飛田さん」
 飛田さんは、唇の上に涎《よだれ》を一粒光らせながら、肯定も否定も表わさない微笑を漂わせて、何が起っても私は知りませんと云うように立っている。
「だ
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