学観は、「物が人を動かす」面にだけ立脚したプレハーノフの理論の時代から辛苦の結果、数歩をすすめて来ている。物は人を動かすが、人が又物をいかに強力にうごかすかという人類の能動力その相互関係において有機的に芸術を見、且つ生もうとする段階に到達しているのである。徳永氏が傑《すぐ》れたものとしてあげている『中央公論』六月号のスペイン戦線からの作家たちのルポルタージュ、又はオストロフスキーの小説「鋼鉄はいかに鍛えられたか」などこそは、決して「物が人を動かす」理論からだけで出来得るものではないのである。
ルポルタージュの問題と共に、必然的に歴史的諸相の評価の課題が、甦って来ざるを得ないというのは、何と微妙な現実であろう。それに関連する創作方法の問題として、リアリズムの実践も深めなければならなくなって来るのである。
平和が齎《もたら》されたとき、一つの文化的な記念として戦線から兵士たちが家郷に送った家信集が、是非収録出版されるべきである。今日、所謂高級ではない雑誌に時々のせられているそれらの手紙は、実に読者をうつものをもっている。これらの飾らず、たくまざる人々の記録と、職業家のルポルタージュとの対比は、文学に関心をもつ者の心に真摯な考慮を呼びさまさずにはいない。又、いつかは「支那さん」と呼ばれている人々の記述も広汎な世界の文学の領野にあらわれて来る日があるであろう。その研究の中にも、日本の文学を前進させる力がひそめられていることは疑いはないのである。
[#地付き]〔一九三七年十二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
1980(昭和55)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第七巻」河出書房
1951(昭和26)年7月発行
初出:「文芸首都」
1937(昭和12)年12月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年2月17日作成
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