たら何にもしてくれる気がないらしい」
 ふき子は、
「岡本さん」
と、大きな声で呼んだ。
「はい」
「陽ちゃんがいらしたから紅茶入れて頂戴」
「はい」
「ああでしょ? だから私時々堪まらなくなっちゃうの、一日まるっきり口を利かないで御飯をたべることがよくあるのよ」
 ふき子はお対手《あいて》兼家政婦の岡本が引込んでいる裏座敷の方を悩ましそうに見ながら訴えた。
「弱いんじゃない?」
「さあ……女中と喧嘩して私帰らしていただきますなんていうの」
 岡本が、蒼白い平らな顔に髪を引束ねた姿で紅茶を運んで来た。彼女は、今日特別陰気で、唇をも動かさず口の中で、
「いらっしゃいまし」
と挨拶した。
「岡本さんも一緒に召し上れよ」
「はあ、私あちらでいただきますから」
 陽子の部屋に比べると、海岸に近いだけふき子の家は明るく、眩《まば》ゆい位日光が溢れた。ふき子は、縁側に椅子を持ち出し、背中を日に照らされながらリボン刺繍を始めた。陽子は持って来た本を読んだ。ぬくめられる砂から陽炎《かげろう》と潮の香が重く立ちのぼった。
 段々、陽子は自分の間借りの家でよりふき子のところで時間を潰すことが多くなった。風
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