かけそうになった。が、彼女は、自分を制して到頭罐をあけた。下宿している女学生の夕飯は皆この通りではないか、意気地なし! 三畳から婆さんが、
「いかがです御汁《おつゆ》、よろしかったらおかえいたしましょう」
と声をかけてよこした。陽子は膳の飯を辛うじて流し込んだ。
三
庭へ廻ると、廊下の隅に吊るした鸚哥《いんこ》の籠の前にふき子が立っている。紫っぽい着物がぱっと目に映えて、硝子越し、小松の生えた丘に浮かんで花が咲いたように見えた。陽子は足音を忍ばせ、いきなり彼女の目の下へ姿を現わしてひょいとお辞儀をした。
「!」
思わず一歩退いて、胸を拳《こぶし》でたたきながら、
「陽ちゃんたら」
やっと聞える位の声であった。
「びっくりしたじゃないの。ああ、本当に誰かと思った、いやなひと!」
椅子の上から座布団を下し、縁側に並べた。
「どんな? 工合」
「ゆうべは閉口しちゃった、御飯の時」
「ほーら! いってたの、うちでも岡本さんと。今ごろ陽ちゃんきっとまいっていてよって。少しいい気味だ、うちへ来ない罰《ばち》よ」
「今晩から来てよ、あの婆さんなかなか要領がいい。いざとなっ
前へ
次へ
全17ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング