無題
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)凝《じっ》と
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)そう確かにけれども[#「けれども」に傍点]、
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河原蓬と云う歌めいた響や、邪宗の僧、摩利信乃法師等と云う、如何にも古めかしい呼名が、芥川氏一流の魅力を持って、私の想像を遠い幾百年かの昔に運び去ると同時に、私の心には、又何とも云えないほど、故国の薫りが高まって来た。
人から借りた新聞の小さい切抜きを両手に持って、私は何と云う熱心さで読んで行った事だろう!
遠い海を越えて送られて来た新聞は、「邪宗門」の僅か二三章を齎したに過ない。
けれども、私は、今殆ど歓喜に近い興奮で、「縦に並ぶ」自分の言葉を、此の懐かしい碁盤目の紙に書き付けて居る。
九月に家を出て以来、私の心の周囲に見えない壁を築いて、私の知って居る形容詞では充分に現わす事の出来ない程、微妙な、力強いぎごちなさを与えて居た感じは、今、まるで夢よりも淡く消えて仕舞った。
そして、今私は、急に捌口を与えられた水の熱情を以て話し出そうとして居るのである。
私の如何か
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