無題(十二)
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)満員《マンイン》

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○西側の腰高窓の床の間よりに机を出して坐った。そこからは灰色の雨雲が走る空の下に 頂を濃い霧につつまれた小高い山とその手前の樹木の茂った丘陵とが見晴せた。狭い田圃をへだてたこちら側は 山陽線海岸まわりの幾条もの線路になっている。一時間に三つ位の割で通る。雨音を立てている前の家のトタン葺の屋根のはずれと、そのとなりの家の、燃火のけむりが低く雨の中に流れ出している土壁との間にある空地ごしに扇形にひらいた引込線に、石炭をつんだ無蓋貨車が何輌もつながったまま雨に打たれている。○がここへ着いた日に、それはそこにあった。
 一日のうちに幾度か列車が地響を立て家を揺がして通過した。或ものは、西へ西へとゆく下りであり、そのいくつかは上りで、程近い山端にあるトンネルに入って行った。
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〔欄外に〕
 さあと暗くなって来て沛然と大雨になって来た。トタン屋根に白シブキを上げ。見ると豪雨に煙
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